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大洋ファンを30数年もやってたら良しにつけ悪しきにつけ通説が通説でないことを思い知ることが多ございます。まんべんなくいつもピンチです(泣)。10点とっても負けるんです(号泣)。
●プロ野球の「通説」は錯覚? 名大教授ら846試合分析(朝日新聞)
長年野球を見てきて「行けるチーム」と「あかんチーム」というのは球場に行けばだいたいわかるようになってるわたくしでございます。
充実した投手陣、得点を稼げる打線、など戦力を計る基準はいろいろありますがわたくしがいつもいつもいつも思うのは「守備が下手なチームはあかん」ゆうことです。
例えば最近の話で言えば北海道行ったばかりの頃の日ハム、と同時の楽天の対戦などはいくら新庄さんがホームランかっ飛ばそうが何しようがもう守備ボロボロ。投げる方も投げる方で「野球の試合って投手交代を見ること?」みたいな、投手交代合戦になっていました。
去年見た横浜対ヤクルトもさすが最下位あたりを低迷している両チームの守備は違うね、やっぱり!orz...でした。もちろんヤクルトさんの投手交代ショーを見に行った感もたっぷりありましたけど、とにかくね、守備が、エラーとかってのもあるけどもうそういう問題でなく、シフトからしてちょっと、それ、あああ、ああぁぁ、、というカンジなのですね(今年のヤクルトさんは昨年よりはマシでした)。
で、ウチの村田とか。
スイマセン。
足が震えるような切羽詰まったシーンでの守備はピッチャーが一発浴びるより危なくて後を引くと思っています。
日本のプロフェッショナルベイスボウルの皆さんはあまりそういった国際舞台でのガクガクブルブルを経験していないってのもあるし、それと「日本帰ったらまたシーズンだから壊れたくない」ってのもあるんでしょう。わかりますけどね。
まぁ、そういう状況だからこそプレイオフ?クライマックスシリーズ?それ美味しいの?日本シリーズってテレビで観たよ!な弱小チームの皆さんを初めとして、そうでない皆さんも含め守り抜く心臓を作っとくことは必要だったと思います、それはもちろんベンチのオジサンたちも含めてです。
WBCのときのイチローみたいな選手がいなかったのもアレかな。監督、目立ちすぎw
●デニー引退、Rソックス巡回コーチ就任(日刊スポーツ)
今季限りで現役引退を表明した中日デニー友利投手(40)が、来季から米大リーグ、レッドソックスの巡回コーチに就任することが11月30日、明 らかになった。来年2月16日からのフロリダ州フォートマイヤーズでの春季キャンプから合流。今季ワールドシリーズ制覇に貢献した松坂大輔投手(27)岡 島秀樹投手(31)への支援も期待される。
レッドソックスが口説き続けた3年越しのオファーがデニーの心を動かした。中日退団が決まったシーズン直後も、現役続行を強く望んでいたデニーだ が、海を渡ってコーチ修行に挑む決断をした。「伝統あるレッドソックス球団からコーチ就任のお話をいただいたことは本当に光栄です」。
05年にレ軍とマイナー契約を交わし、同年のシーズン後にもコーチ就任を要請されていた。当時主に過ごした2Aでは、現在の主力であるパペルボ ン、ユーキリスらとともにプレー。若手に熱心な助言を繰り返すデニーの姿を球団側は高く評価していた。今回もエプスタインGMによる熱意ある要請が再三続 けられた。
デニーが就任する巡回コーチとは、メジャーとマイナーをくまなく周回し、指導に当たるポスト。組織のピラミッドの頂点にあたるレ軍と傘下のマイ ナー球団の太いパイプとなって選手を育成していくことになる。レ軍には西武時代の後輩である松坂、不動のセットアッパーになった岡島がいる。球団側は、日 本人選手の良き相談役としての仕事もデニーに託す。
来年2月16日スタートのフォートマイヤーズでの春季キャンプから合流する。また、シーズン中は日本国内で評論家としての活動も行う予定で、日米 の野球を幅広い視点でとらえていく。「これから修行が始まります。米国、日本で深く野球の本質を学び、将来的に両国の球界のために役立てるようにした い」。デニーの新しい挑戦が始まる。
本気でお父さん捜しにアメリカに渡ったんだと思ったんだけど、その件はどうなったんだろう。
1998年の日本シリーズ、リリーフで出てきたデニーに明るい歓声が送られていたのを思い出さずにいられない。190cmを越えるスラッとした長身だったな。
福岡行ってもまだ続いてたか、、、(代わりに寺原が来たわけだが)
●スペランカーの経歴(アルファルファモザイク)
こぴぺ。
スペランカーこと、多村仁選手の今までの経歴
学生時代
体育祭のリレーで転倒、靱帯を痛めて救急車で搬送された
高校三年の夏、県大会優勝時に歓喜の輪に入ろうとセンターからダッシュ、足が吊ってしまい輪に入れず。
みんなが校歌を歌う中、マウンドで一人でうずくまる。
プロ入り後
98年に優勝したときは、手術して病院にいた。
2003/ 5/14 左手親指のじん帯断裂で二軍落ち
2003/ 8/ 5 腰痛で途中交代
2003/ 8/11 左手首痛でスタメン落ち
2003/ 8/22 脱水症状
2003/ 9/15 肩痛でスタメン落ち
2003/ 9/23 発熱でスタメン落ち
2003/ 9/25 スタメン復帰、死球で途中交代
2003/10/6 風邪でスタメン落ち。そのままスタメンに戻ることなく全日程が終了
2004/ 2/27 ポスター撮影中にジャンプして右足関節捻挫
2004/ 4/30 試合中、突然カゼをひいて退場→診療所で点滴
2004/ 5/ 3 キャッチボールでぎっくり腰、登録抹消
2004/ 6/ 5 フェンスに激突でセルフエルボー、途中交代
2004/ 6/24 前日の試合で空振りした際に肩を痛めスタメン落ち
2004/ 8/11 試合前の練習中に腰を痛めてスタメン落ち
2004/ 8/28 ファインプレーをした際に膝を強打し途中交代
2004/ 9/19 ストライキの際の握手会で左掌の炎症し、その後2日連続スタメン落ち2004年オフに「ベッカム・カプセル」を400万円で購入
2005/ 1/ 1 寒川神社に初詣に行き家族の健康などを祈願するが、自分が風邪をひいてしまう。
2005/ 2/11 沖縄で野球教室を開き、肩に野球バックを掛けたまま何百人にサインした結果、左肩が内出血。
2005/ 3/30 全試合出場を目標に掲げていたが、開幕直前にインフルエンザに罹り緊急入院。開幕三連戦の出場を断念。
2005/ 4/24 サードゴロを打ちヘッドスライディング敢行するもアウト。右肩負傷で途中交代。
2005/ 5/6〜7 GW中からの発熱を押して出場するも無理がたたり気管支炎に悪化し、欠場。
2005/ 5/20 センターからバックホームの際、右肘を痛める。
2005/ 6/4〜5 痛めた右肘の影響か、DHとして出場。
2005/ 6/14 自打球を右足甲に当て途中交代。
2005/ 6/21〜 疲労をおして出場を続けるも、靴紐を結ぼうとした際にぎっくり腰を発症し、自宅休養。翌日登録抹消。
2005/ 6/29 横須賀の練習場へ向かう途中、愛車が雨でスリップし、側壁に衝突。エアバッグの衝撃で左顔面と左肩を打撲。
自分で119番し、検査のため緊急入院。自身初の新聞一面に
後に語る「スリップしたとき死んだと思ってハンドルから手を離したが
家族の顔が浮かんでまたハンドルを握った」
プロレスラーの入場曲を打席に入るときに使用していた、それを聞きつけたカートが来日して始球式を行うが、入院中の多村は会えず
2005/ 8/19 公式サイト6toolスタッフが水道管破損による被害を被る2005/ 8/28 健康診断で飲んだ造影剤で気持ちが悪くなり、試合を欠場
2006/ 1/16 「ライブドアとマネジメント契約を交わす。しかし一月もたたないうちに、
ライブドアが証券取引法違反の疑いで強制捜査される」
2006/ 4/ 6 左耳付け根付近の腫れ物のため途中交代
2006/ 4/7 耳にデキモノ(炎症性アテローム)で39度の高熱。一打席だけ試合に出るが途中交代
2006/ 4/9 4/8に出塁した際、帰塁時に首・肩を痛め、代打のみの出場
2006/ 4/20 打撃練習で左肋軟骨挫傷のため出場選手登録を抹消
2006/ 6/3 打球を追いかけた際に左足首捻挫。途中交代。
2006/ 6/7 捻挫からの復帰第一打席後、本塁突入の際、捕手と激突し古傷の左脇腹を痛めて退場。検査の結果左肋軟骨挫傷の疑い、前半戦絶望。
2006/ 8/19 東スポに多村 江原啓之に霊視をお願い記事を載せられる
2006/ 8/20 先日19日に二ヶ月振りに一軍復帰も死球を受ける。20日には腰痛のためスタメン落ち
2006/ 8/27 スタメン復帰4試合目、ベースランニング中に左足の内転筋に強い張りを感じたため途中交代
2006/10/24 右腰痛、秋季練習を欠席→病院でX線検査
2006/10/24 上記の右腰痛で神経ブロック注射多村、ホークスに移籍に関して、王監督の談話「フル出場してもらう。」
2007/ 2/12 右足かかとに異変→右アキレス腱周囲炎(トレーナーの話だと、靴擦れ?)
2007/ 3/5 おやしらずを抜くも
2007/ 3/13 一回の打席で自打球を左足に当てる→病院送り
2007/ 3/17 試合前の守備練習で右手中指を負傷。
2007/ 4/ 4 歩幅が合わずにやや大股でベースを踏む→すべって怪我
2007/ 4/30 守備でボールを追っかけ、スライディング→左太もも裏を痛めてベンチへ退く
2007/ 5/19 セカンドベースへスライディングし二塁手が倒れるも、下敷きになり負傷
2007/ 6/20 視覚障害者を招待→自打球を左ふくらはぎに当て、負傷で途中交代
お立ち台から降りるときの、ファンからの野次「台から降りるとき、気をつけろよ」
野球雑誌のネタ「守備につくときは、リリーフカーに乗っていけ行け」小学生に”ケガから早く回復する方法”について質問をされる。「直すぞという意思」が大切だと話す。
2005年2月の記事。
ちなみにトラッキーをクビにしたのは仙一ではないかというのがもっぱらの噂。あの『ブラックホッシー』がハマスタから消える…。小雨交じりの室内練習場で、峰岸球団社長が無念の表情を浮かべた。「ブラックホッシー取られちゃったよ…楽天に」。肩を落としてつぶやく姿が、ショックの程を物語っている。
『ブラックホッシー』は黒ユニホームにサングラスのワイルドな風ぼうと過激パフォーマンスで、週末などの期間限定登場ながら絶大な人気を誇った。その役を務める男性が楽天に引き抜かれたとあって、関係者の心中も穏やかではない。
球団関係者は「1月上旬(男性に)楽天からオファーがあり、本人とも話し合ってきた」と経緯を明かす。破格の条件提示で「残留」の目もあった。だ が、楽天側の『新マスコットの全権委任』、『主催全試合登場』などの好条件を選び、16日夜に“移籍”の意思を伝えられたという。
この男性は03年4月まで阪神のマスコット『トラッキー』役を演じていたが、プロレスなどのパフォーマンスが過激すぎると契約を解除された。同年6月に『ブラックホッシー』として復活した、その世界では“カリスマ”とされる存在だ。
今季はグッズ製作などの企画もあっただけに球団関係者も「彼の代わりは見つからないでしょう。“落としどころ”をどうするか、これから考えます」と頭を抱える。人気回復を目指す横浜にとっては、痛すぎる“スター流出”となった。
えーっとなんでしたっけ、あ、そうそう、ドアラ、ドアラ(笑)。
中に人が入ってるって信じてるヤツら、めでてーな。
グラウンドにいた当事者たちはおいといて、昨日観た試合のことすら忘れてる私にとってこういう記憶力は驚異である。
とかいいつつ私も「忘れもしない。石井一にノーヒットノーランくらって優勝の目が事実上なくなった1997年あの9月のハマスタ(9月2日っすね)」とか覚えてたりしたわ、あははははー(頂上決戦だったんですよ、笑えますね)。
●落合は記録達成の夢破れた巨人斉藤にホームランでとどめをさした(FULL MANUAL SPIRIT)
●説得力が違うわ落合監督(「やってみるさ」)
←わは、仙一何やってんだ、あ、監督か(この年中日は3位)。
(⌒l´・▲・`l⌒)