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どこでシャッター切ってもそれなりの写真が撮れてしまって誰が撮っても一緒、ってのがつまらないっちゃつまらないですが、写真入門者は自分が一気に上手くなったような気分になれるのでよいのではないでしょうか。 しかも南部には名物アオザイの少女たちってのもぎょうさんいてはる、、、てか長いタマ付けた日本人のオヤジが女子校の前で張ってるなんてのがマジであるそうで、そういうのはやめてください(気持はすんんっっごくわかりますけどねっ)。
街角スナップなら北部がお勧めです。 左の写真は全てハロン湾の街で撮りました。
使用したのはフィルム時代のEOS Kissにこのへん等々。フィルムはネガのISO800です。
手前ミソご参考:
少女 食欲 空気
●ストラディバリの秘密を非破壊検査で探る(スラッシュドット・ジャパン)
名工アントニオ・ストラディバリの手による「ストラディバリウス」は1つが数億円もすることでも有名なヴァイオリンだが、あまりに高価なため解体調査などが行えず、その音の良さの理由を調べるためにかんな屑を使って核磁気共鳴や赤外線分光で調査したこともある。それならと、今度はCTを使った調査が行われた(論文)。 ストラディバリウスを含む1700年代に作成された5挺のヴァイオリンと、近年作成された8挺のバイオリンを調査したところ、ストラディバリウスのほうが 年輪のでき方が均等であったそうだ。そのころのヨーロッパは小氷期であり、それが間接的に証明されただけともいえるが、気温が一定した環境で育った木材を 使うことができるのなら、当時のヴァイオリンが再現できるのかもしれない。
ワシらの商売道具にもその「年輪のでき方が均等」に身に覚えがある。
まずウロコひとつひとつが振動するので高級二胡となると概ねウロコのサイズが大きく、それでいてサイズが均等だ(さらに模様の出方が美しい、なんてのも高級要素なのはギターの虎目と一緒)。
ウロコひとつひとつの間は区切られていてはいるけれどそれも皮としてつながっているので、皮1枚としての振動も発生する。
そのへんとボディの木材、形状、それから弓+松脂、さらには特殊な奏法が相まってあのような雑音を極めたらこうなったっぽい響きになる。
素人が二胡を買ってきて弓を左右に動かしただけでは「いい音」にはならないのはバイオリンと同様「響かせ方のツボ」を押さえることができるかどうかで、このへんは声楽やヴォーカルと一緒である(だから美空ディバリって言うんだよ(嘘))。
だからあんまし上手くない人(響かせ方のツボがずれてる人)が弾いてもおそらくストラディバリウスとて「いい音」にはならないだろう(ストラディバリウスも現代技術でいろいろとレストアされてるらしいし)。
ただ二胡の場合ヘビ皮含めてバイオリンのように何世紀にも渡って使用されると言うことはない。弓もほぼ消耗品である。
以前友人がニースに住んでいたので遊びに行った際、海岸線をドライブしてる最中に海の向こうを指さされて「テグジュペリはあのへんに墜ちた」てのを聞いたことがある。
サンテグジュペリの写真と「星の王子様」挿絵入りのフラン札ゆうのも発光されてて初版には校正ミスがあって騒ぎになってた。
●私は「星の王子さま」を撃墜した ドイツ元操縦士証言(朝日新聞)
旅ってのはアレクサンダー大王だろうがサンテグジュペリだろうが脳内で単なる情報だったものをリアルな人間に替えてくれる。
コーコーセーの頃友人が「"art"の反語は"nature"やねん!」と興奮気味に伝えてきたことがある。うぉ、エラいなアートネイチャー!ただの頭髪補完製品メーカーやないで!てな話なんやけど、そこでコーコーセーコーノは考えた。
オレはどう転んでもアート方向の人間や。ネイチャーやない。アウトドア嫌いやし。自然やない=不自然なんや。うぉー、オレ不自然、これ最強!最強にアートや!
バカ丸出しである。
しかし時は少々流れて80年代。ネ申・松本隆がやってくれた。
「不自然な君が好き/C-C-B」
楽曲の良さも手伝ってオレのネ申曲となった。
やっぱ人は不自然な方が魅力的である。今で言うところの「萌え要素満載」なおなごは皆不自然である。
不自然ちゅうのはなんかそこに無駄な努力ちゅうか、余計な思考ちゅうか、アンバランスなもんがある。それが人としてええ。それがないヤツはつまらん。
男かてそうや。
貴乃花とかイチローみたいなヤツらがよう「自然体」みたいなことを口にするけどあいつら不自然の限りを尽くしとるからそこに向かえるわけや。なにかを極めようとしたら不自然すぎてハタから見ると笑えるくらいの状態(テンション)になるんやね、人って。あいつら、なにかがアートやろ。
昔からオレの脳内では「ありのままの自分を愛してあげたい(笑)」とかそういうもんには「(笑)」がひっついとる。元祖「スイーツ(笑)」やね(違)。
「ありのまま」ってどんな自分や。バージョンアップなしか、その自分。平均寿命並みのタームがあるとして人生終わる頃にはβのローンチくらいまでもってけたらええね、ちゅうもんやないんか。
てなワケでこういうお嬢さんには萌えまくるのである(←オチ)。
その思考内容が正しい正しくないいうのは大した問題やない。ジャンジャン考えすぎて欲しい。
どうせ考えすぎるなら全然価値観が異なる人がいっぱいおる国々をあっちこっち旅した方がええよ、特に若い頃はな。年取っていきなりそういうとこに身を置くと「比較文化論」になってしまって自分のバランスをガー崩せんようになる。
不自然になれんようになる。アートにはなれん。
音楽でも食いもんでもなんでも脳みその若いときに自分のバランスを崩壊させる訓練を積んどかんと、年取ったら「理屈フィルター」を通さんと新しい物に接することができんようになるで。自分のバランスを崩してへっちゃらになる練習は若いうちしかできん。
とりあえず考えすぎる感性があるうちにどっか行っとけ。