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こちら(yasuyukiさんとこ)を見ていて思いだしたんですけどね。
ブリティッシュ(アイルランド含む)ってなんか痛いじゃないですか。そらもうジョン・レノンからトム・ヨークまでまんべんなくどこか痛い。アメリカはニューヨークの極一部で痛いことがたまにあったくらいでヴァン・ヘイレンなんてあんなドロドロになっても出てくるもんは痛くない。レッチリだって痛くない。
例えば間違ってタバコの灰を手の甲に落ちたときとドライアイスに触れてしまったときと針を刺してしまったときと、いろいろなシチュエーションがあったとして人は瞬間的に熱いのか冷たいのか痛いのかわかりませんよね。
あの人たちの音楽で表現されてるもんを聴いてると愛してても憎んでても反吐がでそうでも一発やりたいでも感情(とか本能的なもんとか)がビヨーン!と跳ねてるのが単にメーターが激しく触れてるってだけで、それが熱いのか冷たいのか痛いのかわかってない、としか思えないんですね。
手がなんか痒いので無意識のうちにひっかいてたら実は紙でスッパリ切ったところで掻いたら余計悲惨なことになってるなんてこともよくありますけど、彼らのやってる音楽はそんなカンジなんです。
で、あの人たちがスイッチ切ってるというか元々入れるスイッチがない感覚のひとつに味覚というものがあるのは世界的に有名な話ですが、その痛い音楽はおしなべて美味いもん食ってなさげなんですね。つーか、あわよくばアブク銭稼いで美味いもん食ったとしても我々が「美味い!」と感じるほど美味く感じられないんじゃないかと思えるフシがある。
若干意味は異なりますがラテンヨーロッパの男が「日本の男は女の美味さを知らない!」って言ってもそうかもしんねーと思われるフシがあるのと一緒ですね*。
アイルランドはカソリックですが音楽的影響は完全にブリティッシュですよ。ピューリタンですよ。清教徒ですよ。メシの味を感じないこと、女の美醜を感じないこと等々を良しとしてやってきてます。
そうやってやってきてて熱いも冷たいもよくわかんないからとにかくひっかいちゃえ、というのがブリティッシュロックなんだと思います。
* ラテンヨーロッパの男:
こないだNHKの「私が子どもだったころ」って番組でやってたパンツェッタ・ジローラモさんの回はすごかったです。南イタリアではアレでフツー(せいぜい偏差値45〜55程度)なんだろうな、と思えば、ブリティッシュロック(と70年代歌謡)に洗脳されまくってると意味不明のイタリア古典音楽の歌詞もアリかな、と思えてしまいます。イヤ、もうニューシネマパラダイスもフェリーニもイタリアに行ってみれば全然アリだから、やっぱアリなんだろう。
参考映像:
NHK朝の連ドラ「ちりとてちん」の中で「算段の平兵衛」が題材にされたことがある。
落語家の草々がストーリーを説明すると主人公の清美が「それって笑えるんですか?」と尋ねるシーンがあった。
歌舞伎とか、落語とか、現代感覚で言うと「で、っていう」てな話が多い。
わたくしは子供の頃から歌舞伎が大好きで今もって長唄だの浄瑠璃だのの音曲を耳にしただけで溶けそうになるくらいなのだけど、人に面白さを説明するのはとても難しい。
歌舞伎観てボロ泣きしまくったり、落語を聞いて拳で掌を叩きまくってもそこには「最後に大統領がF-16に乗ってとっこんでくのよ」的なものがないからだ。
そんでもって以前(2002年)書いた記事がこれ。
●東京ヘリテージ vol.3/アンモ寄席〜大人が愉しむ落語〜
制作の人に超ムリを言いまくって縦書きにしていただいた(「縦読み」ぢゃないよ)ので、ぜひお読みくださいませ。
で、最近何かと話題の中国とか、あと、一緒に仕事をすると「オマエら一体何考えてんだ、、、」の代表であるところの欧州いろいろとか、あのへんのわかりにくさも例えて言えば「イタリアオペラ」とか「フランス映画」とか「ブリティッシュロック(の人間関係)」とか「カンフー映画」で、歌舞伎・落語とかと通じる、と言うよりも、非ハリウッド的・非テレビ的なんである(こちらの米欄でもチョイと書いた)。
わたくしイタリア歌曲の勉強なぞをチョイとしておりますが、「これ、わざわざ歌にしますかね(例:毎度の手前ミソ)」のてんこ盛りだ。
中国の音楽なんてのもやっとりますがド演歌の心120%で表現してるというのに「まだ足りないね」と師匠に言われてしまったりする。
ハリウッドとテレビに集約されるようなエンターテイメント世界が基準になってると人生あんまし面白くないのね、と常々思ってはいるけれど、なかなか抜けきれるもんやないね。
「規則が多い」ってのは未熟というか、ある意味幼稚な社会である。
まぁ、そんなことは置いといて、海外で仕事をしたことがある人とか外国人と仕事をしたことがある人たちの間では昨今の食品の「偽装」で糾弾されてる件の中には(全てではない)同情というか、イヤ、いくら何でもそこまで世間様で言われることもなかろうと囁かれてることは結構ある。
「××××(国名)でそんなこと言ったって、一体何が悪いんですか、ゆわれるで」
「××(国名)なんか行った日には、人死んどらんやんか、ゆわれるで」
だから偽装してもいいということは全くないけれど、そんなことを大きなニュースにするくらいなら他に報じなければマズいことはゴマンとあろう、と思う。
●いい加減さの最適化(池田信夫 blog)
私も複数のベンチャーの設立にかかわったが、日本のVCの敷居はかなり高い。収益の見通しがいい加減だと貸してくれないので、自己資金は縁故で集め、残りは地銀や信金やその系列のノンバンクで、というパターンが多い。
GoogleやYouTubeのように、赤字のまま何年も追加出資してくれるところはまずない。
他方、日本は3K(個人情報保護法・貸金業法・建築基準法)などの影響で、「官製不況」が強まっている。食品の賞味期限が1日違っていたぐらいでメディア の指弾を浴び、製品をすべて回収するような(よくも悪くも)まじめな風土では、冒険はできない。資金が供給過剰になっているというのも、裏を返せばベン チャーが少ないということだ。ただイタリアのように極端にいい加減だと、逆に投資が回収できないので、いい加減さの最適化が必要だ。少なくとも日本は、今のように「コンプライアンス」がすべてに優越する風潮を変える必要がある。
著作権法も混ぜていただきたい。
でね、池田センセーのとこでイタリアの話出てますけど、
●イタリアのsocial capital(池田信夫 blog)
日本よりさらに滅びないのが不思議な国イタリアですが、iPhoneなんか持ってても大して楽しくないと申しましょうか、それナンパに使えるの?なら欲しいかもな、で、いくら?わぁ、いらんて。イランテ、 Ristoranteなところでして、たしかにイタリアに行ってまでして(●●される恐れが大きいゆうのもあって)ガジェットをチマチマいじってたいとは思わないでしょうね、で何の話やっけ。
中身はとても人ごととは思えませんが、外見がアレなので、ま、しゃーないなー。
●イタリア: 内実は傷だらけの“外見重視”の国(NBonline)
いまさら感も強いけれど、ここまで逝ってしもたか感も強いな。
2008/01/05 ●ナポリの未回収のゴミ問題で抗議行動が激化(AFP)
2008/01/07 ●伊首相、ごみ未回収問題で休校予定のナポリの学校に再開を命令(Reuters)
2008/01/13 ●7000トンの未回収ごみ移送 ゴミの都・ナポリに首相が「イタリアの恥」(産経新聞)
2008/01/15 ●14州が受け入れへ——ナポリのごみ問題、住民衝突も(日経Ecolomy)
→毎度の手前ミソ
しかしアレやね、南イタリアのクルマもだいぶ高級になったやんか↓。